【2024年5月】アルバニアの首都、ティラナの市内観光の続きです。
次に行ったのはモスクでした。
ツアーだと、何も知らずに連れていかれるまま。
このモスクの名前がジャーミア・エトヘム・ベウト・モスクという長い名前だと知ったのは後のことです。
18世紀末に建て始められ、19世紀初めに完成したとのこと。
このモスクのお向かいに、鐘楼があるのですが、我々のガイドのジョルジョによると、町の喧騒でアザーンが聞こえなかったので、祈りの時を鐘で知らせたという話でした。
靴を脱いで、モスクの中に入りました。
きれいな模様が空間を埋め尽くしていて、ほぅっと声が上がるほどの美しさです。
今回の旅では、教会とモスクの両方を見る機会がありましたが、一般に、モスクの方が美しかったと思います。
神が作った人間や草木を描くのは冒涜なので、模様には空想上のものが描かれていると説明されました。
町を描いた絵があったのですが、これはいいのかな。
このモスクは文化財に指定されていたため、共産主義時代に取り壊されるのを免れたとのこと。
そして、1991年1月18日には、政府の意向に反して、一万人もの人がここに集まったとかで、これが宗教の復活および共産主義の終わりの始まりになったらしいです。
という説明は、ネットで見つけたもので、現地では写真を撮るのに夢中で、あまりガイドの話を聞いていなかったというのが正直なところ。
とにかく、写真の撮り甲斐のあるところでした。
このモスクはスカンデルベグ広場のそばにあり、モスクを出た後は広場を歩きました。
ジョルジョによると、この広場は為政者が変わる度に作り変えられたところだそうで、最初はロータリーになっていて、周りを車が走れたとのこと。
噴水があった時期もあるそうです。
今はただただ、だだっ広い大理石の広場で、「夏には周囲より7度も気温が上がるので、仕方なく、地面に水が流れる仕組みを作った」(ジョルジョ)という話でした。
正面には、国立歴史博物館が。
建物の上部に、人々が描かれた大きな絵があります。
真ん中は「アルバニアの母」で、周りをそれぞれの時代にちなんだ服を着た人々が囲んでいます。
共産主義が終わったとたんに、赤い星が消され、男が持っていた毛沢東の本が上着に描きかえられたのだそうです。
歴史博物館なのに、そんなことをしたら、歴史の改ざんになるのでは、と思った次第。
この日は祝日で、博物館は閉まっているとかで、私達は中には入りませんでした。