【2019年1月】スペインのテネリフェ島でのホリデーの前半に過ごしたラ・ラグーナの町で、数回、目にして惹かれた絵が、「カンデラリアの聖母」でした。
色黒の聖母が色黒の赤ん坊のキリストを片手で抱いて、もう片手にはろうそくを掲げています。
豪華な赤いマントにすっぽりくるまれている聖母が、なんとなく、日本のこけしやロシアのマトリョーシカを連想させて可愛らしい印象でした。
そのカンデラリアの聖母の像が、実際に見られるというので、バスを乗り継いで、カンデラリアまで出かけました。
カンデラリアはテネリフェ島の首都、サンタ・クルスから20キロほど南下した所にある人口17000人ほどの小さい海辺の町ですが、ここにあるヌエストラ・セニョーラ・デ・カンデラリア教会があり、その中に聖母像があります。
この教会が面している広々とした広場の海側には、テネリフェの先住民グアンチェ族の戦士の像が9体並んでいます。
8月15日の聖母の被昇天の日には、広場が人で埋め尽くされるとのこと。
年間訪問客数は200万人に上るそうです。
なぜそんなに人気があるのか、というと、この聖母はカナリア諸島全体の守護聖人なのです。
参道に沿った宗教的なモノを売る店で買った小冊子に書いてある逸話をかいつまむと:テネリフェ島がまだグアンチェ族の島だった1392年8月、二人のグアンチェ人の羊飼いがカンデラリアの少し南のグイマルの渓谷に入ったところ、家畜が先へ進まなくなったのに気づきました。
二人が行ってみると、岩の上に女性像がありました。
一人が石を投げつけようとすると、その腕が麻痺、もう一人が尖った石で像を傷つけようとすると、像ではなく、自分の指が傷つき、大量の血が吹き出しました。
二人が部族の王のところに報告に行くと、王は像を見に行き畏敬の念を起こし、「太陽の母」と名付けて、王の洞窟に運ぶことにしました。
怖がった家来が誰も像に手を触れないので、二人の羊飼いが運ぶ役目を与えられました。
二人が像を腕に抱えようとすると、あーら、不思議、傷ついていた腕も指もすっかり元に戻りました。
「太陽の母」はその後も数々の奇跡を行い、グアンチェ族の主要な女神としてあがめられたのだそうです。
スペインによる統治が始まると、像はそのまま、聖母像とみなされ大切にされました。
ただ、現在の聖母像はオリジナルではありません。
1826年11月6日、大洪水で教会が破壊され、聖母像が紛失してしまったそうです。
その後、1830年に新たに聖別されたのが今の像です。
また、教会そのものは比較的新しく、1959年にオープンしたものだそうです。
この聖母像、色黒なのが特徴の一つですが、もともとは白かったとのこと。
ろうそくや松明の煙で黒くなったのだそうです。
ところで、私が見た絵では、カンデラリアの聖母はいつも赤い服を着ていたのですが、実際に見た聖母は白い服でした。
赤の方が可愛いのにな、と思い、宗教的なモノを売っている店の人に尋ねてみたら「着替えたからよ」とそっけない答え。
「なぜ?」と食い下がったのですが「特に理由も決まりもないです。私達が着替えるように、聖母も着替えるんですよ」ですって。
そんなものなのでしょうかね。