【2020年8月】イタリアのサルディニア島にあるアルゲーロの町のウォーキングツアーの最終回です。
ツアーの最中、唯一、屋内に入ったのは、大聖堂 La Cattedrale di Santa Maria です。
まずは、via Principe Umberto から鐘楼を見上げました。
ガイドのサブリーナによると、鐘楼と大聖堂内の一部は、1500年代に建て始められたそうで、カタルーニャのゴシック様式となっているそうです。
門の周りの彫刻などにそれが顕著なのだとか。
この鐘楼には、毎日、午後7~9時に上れるという話だったので、後日、必ず行かなくては。
この時点では大聖堂内には入らず、海辺に出たりしながら、大聖堂の正面に回りました。
正面は、裏にある鐘楼とは全く異なるネオ・クラシック様式で、同じ建物だとは思えません。
ギリシャやローマの古代建築を模した柱が特徴で、ちょっと場違いな印象。
この正面部分が出来上がったのは、1862年のことだそうです。
つまり、この大聖堂、建てるのに300年もかかったということになります。
サブリーナが言うには、建て始めた当初、大理石や銀などをふんだんに使ったせいで、建設資金が尽きたのが原因。
中に入って説明されて分かったのですが、教会の身廊(中央の一般会衆席がある部分)の幅が広いわりに、建物の長さが短いのも、本当はもっと大きい建物を作る設計だったのを資金不足で急きょ、打ち切ったためで、つり合いが悪いのだそうです。
正面の大理石の祭壇の裏側がゴシック調の一番古い部分です。
18世紀にサルディニア島を統治したサヴォイア家の王の弟が、島を訪れた際に黒死病で亡くなったため、ここに眠るとのこと。
それから、スペインのカタルーニャ地方のモンセラート修道院にある黒い聖母のレプリカが、モンセラートから贈られて、ここにあります。
モンセラートの黒い聖母は、一目見ようと大勢の人が並ぶそうですが、こちらは閑散としていました。
そして、黒い聖母と対になって、白い聖母も置かれていました。
大聖堂を出て、少し坂になっているPiazza Civivaを下って、かつて海の門と呼ばれた城門だったところでツアーはおしまい。
サブリーナが「サルディニア島は危険だと思いますか?」と尋ねたのに夫が答えて、「かつては誘拐のメッカだったが、今は平穏無事な印象だ」。
何でも、1970年代頃、サルディニアでは、イタリア全土の裕福な家の子息を誘拐して島内に隠し、身代金を要求するという犯罪が横行したそうで、夫の学校からも誘拐された子供がいたのだといいます。
そういえば昔、「マスター・キートン」という漫画があって、私は好きでよく読んでいたのですが、その中にサルディニアの誘拐事件の話があったような気がします(それとも、コルシカだったかなあ)。
コロナがらみで、危険な印象があるか否かを尋ねたつもりだった若いサブリーナは、目を丸くして、「あ、そ、それはずいぶん昔の話ですよねー」。
という具合で、ちょっとちぐはぐな幕引きとなりましたが、なかなか充実したツアーでした。