【1996年8月】香港から中国の桂林に飛びました。
着いたのは午後8時前で、外は真っ暗。
空港のビルも蛍光灯が部分的に切れていて、文字が中途半端です。
例えば、「Entrance」が「trance」。
こういうところにも異国情緒を感じました。
幸い、予約してあった迎えのミニバスがすぐ見つかり、難なくホテルへ。
途中、最初は車も人がまばらでしたが、町に入ると、「さすが中国!」と叫びたくなるほど、自転車がごった返していました。
交通ルールも臨機応変、という感じです。
予約してあったホテル「泰和飯店(Tai He Hotel)」は思ったより立派。
フロントの前に男たちがたむろしていて、以前、バンコクで泊まった中国系ホテルを思い出しました。
一泊150元(当時、1元=13円強)で、あるモノは一般のホテルと同じで、エアコンも入っていましたが、全てが古くて傷に覆われています。
ゴキブリも一匹。
基本、リュックサック一個をしょったケチ旅行ですので、こういうことは屁でもなくなるよう、ココロを入れ替えなければなりません。
翌朝、外に出たら、まず、人の多さに圧倒されました。
平日の午前、どうしてこんなに人が出歩いているのでしょう。
埃っぽい道の両側に、小さいブースのような小売店が軒を連ねています。
ぱっと見た感じ、無秩序さを感じましたが、よく見ると、人々の格好は悪くなく、日本人との違いもあまりありません。
バギーなカーゴパンツ姿の私の方がよっぽどラフです。
中国国際旅行社(CITS)を探し当て、先の旅のアレンジと、この日の桂林観光(165元)を予約しました。
午後2時半になると、この時対応してくれた愛想の良い小太りの目がくるっとした女性が、ドライバーと一緒に迎えに来てくれました。
確かに象の鼻のように見える象鼻山を見た後、伏波山へ。
これが私のこの日のハイライト。
聞けば約300段という階段を炎天下、喘ぎあえぎ上り、脚はガクガク、息は絶え絶え、頭はクラクラ、汗はだくだくーー。
こんなにつらい思いをしたのは久しぶりだと思いながら、素晴らしい景色を眺めたことでした。
桂林らしい、ぎざぎざの山の連なりが印象的でした。
この後、連れて行かれたティールームで一服して、回復。
ここでは桂のお茶をセレモニー形式でいただきました。
それから、蘆笛岩という鍾乳洞を訪れました。
規模が大きく、光の演出はうまいし、素晴らしかったです。
卑近なことで恐縮ですが、ここで順番待ちをしているときに、ノースリーブのワンピースを着た女性が脇の手入れをしていなかったので、驚愕。
その昔、初めて欧州旅行をした時にも、オランダで、こういう女性を見て驚いたのを思い出しました。
「美」や「清潔」の感覚も、ところ変われば品変わる、なのですね。
ツアーの残りは、パール屋とか墨絵屋とかに連れて行かれ、中国はしっかり資本主義国だと認識させられました。
ちなみに、私はこの時の運転手に「中国人のようで、美人だ」と言われました。
ははは・・・。
その晩、夕食を食べに外に出て思ったのは、桂林の町には照明が足りないということ。
暗い中に大勢の人々がうごめいているのが不気味でした。
ここの人達は、イタリア人のように夜、そぞろ歩きをするようです。
歩道にはチョークで何か書いている人がいて、それを読む人々がいました。
行の文字数がそろっていたので、自作の詩の発表方法なのかな、と思いました。
香江飯店というビルの19階にあるレストランで食事をしたのですが、そういうわけで、期待した夜景は見られず、窓の外は、単に真っ暗でした。