【2019年4月】1970年代後半から80年代にかけて一世を風靡したディスコ音楽の父、ジョルジョ・モロダーのコンサートがロンドンの有名なコンサート会場、Eventim Apollo でありました。
ものすごいファンというわけではなかったのですが、彼が作った音楽にはなじみ深くて懐かしいものが多く、ネットでチケット売り出しの案内を見たときに勢いで予約したのでした。
ドナ・サマーの「ラブ・トゥ・ラブ・ユー・ベイビー」や「オン・ザ・レディオ」など、六本木のスクエアビルを思い出すような曲の数々や、映画「フラッシュダンス」や「ネバーエンディングストーリー」、「トップガン」などのテーマ曲など、「へえ、コレもモロダーだったの?」と驚くような曲もたくさん作っている人です。
私達は広々とした会場のかなり上の方の席でしたが、それでも£58.50 (8500円ほど)。
午後8時開演とありましたが、その時間になっても、ビールを片手にした観客がひっきりなしに会場に入ってきていました。
こういったコンサートは、そういうものなのでしょう。
私達がよく行くクラシック系のホールとは様子がかなり異なり、バーが大繁盛していました。
観客は予想通り、我々の年代の人々が大半を占めています。
意外と若者もいましたけれど。
そして、男性が多いのにびっくり。
たいてい、劇場というと、女性が圧倒的過半数を占めるものなのですが。
上の方の席だったので、下方を見渡すと、てっぺん禿げのおじさんたちが多いのに気づきました。
かなりたって、ようやく、今年79歳になるモロダーが現れました。
まずは60年代末に初めてヒットし「これで家賃が払えた」と本人が言った「Looky Looky」から。
私はコレは知らなかったのですが、夫や、後ろの座席の人々には馴染みの曲だったようでした。
それからはヒット曲続き。
予想通り、後半は、我々も含め、老いも若きも立ち上がって踊りまくっていました。
ステージには本人やバンドのほか、女性歌手が3人、男性歌手が1人。
モロダーは、ドイツ語が優勢なイタリア北部の南ティロル自治州出身で、音楽活動を本格化したのも、ドイツのミュンヘンでだそうです。
南ティロルはドイツ・オーストリアの文化が色濃いところですが、モロダーはイタリア人であるのが誇りのようで、途中で「イタリアの人も来てくれてるかな?」と問いかけていました。
実際、かなりの人数のイタリア人が聞きに来ていたようでした。
最後の曲は、これまた懐かしい「アメリカン・ジゴロ」のテーマ曲、ブロンディの「コール・ミー」でした。
本当に楽しかったこのコンサート、会場のEventim Apollo も実は、由緒あるところで、ありとあらゆる有名バンドがここで公演してきただけでなく、ライブアルバムを作っているそうです。
この近所が仕事場だった時、そうと知らず、さえない場末の映画館かと思っていたのでしたが。
確かに、1932年にオープンした当初は映画館だったそうです。
持ち主が変わる度に、名前もころころ変わったそうですが、1962年に付けられた「ハマースミス・オデオン」という名前が最もポピュラーで、今もそう呼ぶ人が多いとか。
現在の持ち主が2013年に大改装して、オープン当時のアールデコ調の内装をよみがえらせたとネットに書いてありました。