【1999年6月】イランのシラーズでの二日目、この日もイランは、ホメイニ師の命日にちなんだ休日です。
有名な遺跡、ペルセポリスを見学することになっていましたが、開いているかどうか不明のまま、ロイヤという名の女性のローカルガイドが加わり、現地に向かいました。
幸い、ペルセポリスは開いていました。
ペルセポリスというのは、アケメネス朝ペルシャの有名な王、ダリウス1世が紀元前6世紀に建て始めた町で、ここを国の首都にしたそうです。
建設は彼の時代では終わらず、二代目、三代目にもわたったようです。
行政の中心は、ここから北西に500キロほども離れたスーサという所にあり、ペルセポリスはもっぱら、儀式や祝祭のための神聖な町だったとのこと。
そして、紀元前330年に、マケドニアのアレキサンダー大王によって宮殿など主要建築物が破壊されて、終焉を迎えたのだそうです。
私はてっきり、アレキサンダー大王とダリウス1世が戦ったのだと思い込んでいましたが、アレキサンダー大王がペルシャに侵入した時のペルシャの王はダリウス3世だったのですねー。
というわけで、ペルセポリスには細かいレリーフがしっかり残っていて、古代のロマンに満ちています。
もちろん、世界遺産にもなっています。
ただ、私達が訪れた日は、ものすごく暑く、スカーフとコートを着ている私には熱く感じるほどに辛い見学でした。
その上、ロイヤというそのガイドさんの説明が棒読み風で、ちっとも盛り上がりません。
30分間の自由時間には、もう、日蔭を求めてさまよう難民状態でした。
見学後、ランチを皆で食べたのですが、その時に、私達のガイドのハリルと運転手のアリが、ロイヤをちやほやする様子にびっくり。
私の目からは、特別美しい人には見えませんでしたが、イラン人の美的感覚では、超美人だったのかもしれません。
それとも、有力者の娘だったのでしょうか。
都会風のきびきびした感じの人でしたが、けっこう、ジャラジャラと金属類を身に着けていました。
キティちゃんの付いたメガネ入れを持っていたのが印象に残っています。
さて、ほぼ2週間に渡ったイラン旅行も、おしまいです。
シラーズからは飛行機で、テヘラン経由でロンドンに戻りました。
確か、シラーズの空港だったと思うのですが、入口が男女別々で、私は一人で女性の入口から入りました。
こういう時に、イラン人の女性は並びません。
チャドル姿なので、文字通り、黒山の人だかり。
礼儀正しく待っていたら、まったく前に進めず、このままじゃ置いて行かれる~と焦りました。
郷に入っては郷に従え、私も人々を押し分けて、入口のセキュリティー・チェックを突破した次第です。