【2021年12月】ポルトガルのアレンテージョ地方の町、エヴォラで、満足のいくランチを食べた後は、エヴォラの町歩き。
相変わらずの悪天候で、さっさと帰りたいというのが本心でしたが、帰れません。
というのも、列車の本数が非常に少なく、帰りは午後4時57分発の切符を買ってありました。
とりあえず、レストランからほど近いアグア・デ・プラタ水道橋を見に行きました。
ガイドブックによると、この水道橋は、リスボンのベレンの塔を作ったのと同じフランシスコ・デ・アルダという建築家によって建てられたもので、完成したのは1530年前後だそうです。
ここが面白いのは、水道橋のアーチの中に家が建っていたりして、橋と家が一体化しているところです。
おかげで、独特の景観を作り上げていて、写真の撮り甲斐があります。
とはいっても、何度も言うように雨だったので、目を見張る写真は撮れませんでしたが。
この水道は、町の城壁を超えて北西に8キロ強伸びているそうです。
私達はそこから、10年前に来た時に泊まったポサーダがあるLargo do Conde de Vila Flor という広場を目指して歩きました。
このポサーダは Convento dos Loios という修道院をホテルに改装したところで、とても素敵だった覚えがあります。
このホテルの目の前には、ローマ時代の神殿跡があり、エヴォラ観光の目玉の一つになっています。
今回も、傘を差した観光客がたむろしていました。
これは、2世紀から3世紀初頭の神殿で、14本の柱がきれいに残っているのは、中世の時代にすぽっと壁に囲まれて要塞の一部として使われたためだとガイドブックに書いてあります。
要塞の後、食肉処理場として使われていたところ、19世紀になって、これがローマ時代の遺跡だと分かったのだとか。
私達はしばらく、広場に面したIgreja de Sao Joao 教会の軒下で雨宿りした後、大聖堂を訪れました。
ここも二度目です。
1186年に建て始められ、60年ほどを費やして完成させた大聖堂だそうで、威厳があります。
私がここで再会したかったのは、オルガン。
10年前来た時に、「1584年9月8日、伊東スケマツら四人の日本からの初の使節がエヴォラに到着し、ここで、当時、欧州でも珍しかったパイプオルガンの演奏を聴いた」といった内容の日本語の案内板があったので驚いた記憶があるのです。
今回、この案内板が見当たらないなと思ったら、タッチスクリーンの案内に変わっていました。
これを確認した後、大聖堂を後にして、町の中心広場であるPraca do Giraldo へ。
ここの写真を撮ったあたりで、そろそろお時間です。
タクシーで駅へ行きました。
それにしても、エヴォラの天気がこんなに悪いのは、珍しいことなのではないでしょうか。
エヴォラのあるアレンテージョ地方は1年のうち、10か月は晴れると前回の旅行の時に聞いた覚えがありますから。
晴れたら本当に美しい町並みです。
またいつか、ゆっくり再訪できたらいいなと思いながら、列車で無事にリスボンに戻ってきました。