【1996年9月】中国の甘粛省にあるチベット民族の町、夏河での翌朝は、ますます気温が下がって真冬の寒さ。
しかも雨。
昆明で買ったサイクリング用の雨がっぱを被って、夏河でのお決まりの観光名所、ラプラン寺を訪れました。
18世紀初頭に建てられたチベット仏教のお寺だそうです。
ぞろぞろと中国人団体の後をついて行きました。
日本で馴染んでいる仏教のお寺とはかけ離れた異様な派手さ、そして臭気。
壁一面に金塗の仏像が描かれています。
信心深い地元の人々が、立っては腹ばいになる祈りを延々と繰り返していたり、お寺の周りをお百度参りしていたり、円筒形の物にお経が書かれている何百とある祈りの車輪を回していたり。
幸い、前日に感じた高山病の一種とも思える倦怠感はすっかり解消し、周囲の異国情緒にすっかり魅了されました。
雨がどんどん降る中、近所の食堂に入り、シュウマイに似たものを食べていたら、チベット民族の一組も入ってきました。
そして、彼らは瞬きもせず、じっと我々を見るのです。
目を合わせても、全く動じません。
大人が3人と子供が5~6人。
男の子の一人がこちらに向かって人懐っこい笑顔を見せたので、ちょっとした「会話」が始まりました。
筆談で家族なのかと尋ねたら、男の子が「夏得学校」というような文字で答えました。
サマースクールみたいなものでしょうか。
こちらの国籍など四苦八苦して伝えます。
私がカメラを取り出して、撮ってもいいかと身振りで尋ねたら、おじさんが恥ずかしそうにして嫌がりました。
もう一押ししたら、腕の長ーいチベットの上着を着なおして立ち上がりました。
さらに少しすると、あちらから「写真を撮ってくれ」と言い出し、おじさんが今日買ったばかりのジャケットを着こみました。
女の人たちは、おそらく一度も切ったり洗ったりしたことのない髪を細い三つ編みにして、長すぎるためにベルトにたくし込んでいます。
とても良い笑顔。
カメラを向けると真剣な顔になってしまって、なかなか良い写真が撮れませんでしたが。
最後に、写真を送るから、と食堂の人を介して住所を訪ねたら、小学校の住所で、しかも隣の青海省の人たちのようでした。
一生の思い出となる貴重なひと時でした。
午後には、ガイドブックが勧めていたので、川の反対側を歩いてみました。
犬か猫のように、豚が道を歩いています。
ヤクかなと思われる牛の類がぞろぞろと道を横切る光景にも出会いました。
土と泥と、たぶん糞で固められた壁の家々の門だけはち密な木の細工が施されていて立派でした。
翌朝は、7時20分発のバスで出発。
予定を早めて蘭州に帰ることにしたことを、一時は後悔したのでしたが、結果的にそうして良かったようです。
というのも、朝起きたら雪になっていたのです。
真冬の寒さと前日感じたのは、まったく誇張ではなかったのでした。
こんな山奥ですから、雪で交通が遮断されることも考えられます。
帰りのバスは行きのにも増してオンボロで、水浸しでないシートを見つけるのに一苦労。
揺れる度に窓が開いてしまうし、シートが落っこちるし。
フロントガラスのワイパーが壊れていて、雪がしんしんと降る中、よくもまあ運転できたものです。
でも小一時間も下ると雪がみぞれになり、休憩地の臨夏では雨。
雨の中で、パンを買ってかじっていたら、自転車修理屋のおばさんが中に入れと言ってくれました。
大きな眼鏡をかけ、ボタンがたくさん付いている、いかにも共産党員風の服を着た人でしたが、親切でした。
このあたりは、主にイスラム教の回族の人々が住んでいます。
バスの車窓から、白い帽子の男たちが平均、5~6人かたまってしゃがみ、何もせずバスを見送るのが見えました。
一方、女性は給食当番の頭巾のようなのに、黒いレースっぽいスカーフを被っていて、常に何かしら働いたり、子供をあやしたりと動き回っています。
そもそも、外に出ている女性の数は、男性に比べて圧倒的に少ないようでした。
彼らのモスクは、チューリップハットのような形の瓦屋根のミナレットの先にかろうじて三日月が乗っかっているのでそれとわかる形で、とても中華風。
社会主義国の中国のど真ん中で、メッカからもずっと遠いのに、彼らはぱっと見ただけでも典型的なイスラム社会を生きている様子で、恐るべしイスラム教、と思ったことでした。
オンボロバスの旅、主に下り坂だったせいか、行きよりも一時間ほど短く、7時間超で済みました。