モザイクより強烈だったもの

モザイクより強烈だったもの

【2026年7月】南イタリアのプーリア州での夏休み、翌日は、マリエとオトラントを訪れました。

南イタリアのプーリア州にあるマリエの街なかの個人のチャペル
マリエの静かな道沿いにある小さいチャペル

マリエは、この地方特有のバロック様式の街並みが良いとあったので立ち寄ったのですが、それほど目を引くものはありませんでした。

人口13000人程度の町にしては立派なマリエの大聖堂(Chiesa della Presentazione del Signore)を見学した後、町歩きに興じたわけですが、その際に見つけたちっちゃなチャペルが印象的でした。

夫によると、たまたま通りがかった人が同行の人に、「これは個人のチャペルで、こうしたものは街中にたくせんある」と説明していたそうです。

信仰心の強い人々なのですね。

南イタリアのプーリア州にあるオトラント大聖堂内のモザイク画のディテール
宗教色が濃くなくて楽しいモザイク画

その後、オトラントへ。

オトラントは3度目ですが、最後に行ったのが、と書いて調べてみたら、なんと2013年でした。

この間、ミラノの友人に「オトラントの教会のモザイクはスゴイわよね」と言われ、はたと見たことがないことに気づいたので、今回、訪れることにしたのでした。

その教会は、一般にオトラント大聖堂と呼ばれるCattedrale di Santa Maria Annunziata です。

確かに床全体がモザイクで、「旧約聖書や伝説などが、12世紀の修道士パンタレオーネによって描かれた」のだそうです。

南イタリアのプーリア州にあるオトラント大聖堂内の地下聖堂
異なる円柱が林立する地下聖堂

見た感じ、それほど宗教色は強くなく、神話の場面や一般の人々の日常が多く、面白かったです。

人が踏まないよう、仕切りがありました。

地下聖堂に下りてみたら、細目の柱が林立しているうえ、ところどころにフレスコ画が残っていて、私が好きなスタイルです。

翌日に参加したレッチェでのツアーで、ここの柱はあちらこちらから持ってきたものなので、1本1本異なり、趣があると学びましたが、確かにその通り。

それぞれの柱がどっしり歴史を背負って、ここに収まっているといった風情でした。

南イタリアのプーリア州にあるオトラント大聖堂内のマリア像と骸骨たち
オスマントルコに斬殺された800人余りの骸骨

地下聖堂からは、下りたのと反対側の階段を上ってみたら、上がったところの隣に礼拝堂が。

で、入ってみて愕然としました。

何と正面にあるマリア像の裏の棚に骨がずらーっと並べられているのです。

全く予期していなかったので、本当に驚きました。

1480年にオスマントルコが150隻の船で襲ってきた際、15歳以上の男性住民を集めて改宗を迫ったのだそうです。

その時に改宗を拒んだ約800人の首が切られ、その骸骨がここに並んでいるのでした。

南イタリアのプーリア州にあるオトラント大聖堂内の礼拝堂
礼拝堂の全景

首切り台になった石も祀られていました。

改宗を受け入れて生き残った人がいたのかなと思ってAIに尋ねたら、一部存在したとされるそうです。

さらに、処刑された家族の女性や15歳以下の少年はトルコ軍に連れ去られ、奴隷として働かされた挙句、トルコ社会に組み込まれて改宗していったのだそうです。

不憫ですね。

そういえば、前回泊まった宿はもともと、このトルコ襲来で命を落とした地元の貴族の家だったのでした。